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8話 精霊

 少しは守れる力を手に入れて、この世界を出たかった。

 目の前にいる敵を打ち抜けば、道は開かれると思っていた。

 あの、巨大な敵をこの力で打ち抜けば・・・。



 夢で見た、この空間の不思議な話を聞いて。

 きっと、元の場所へ帰る道があるのでは無いかと、願ってこの場所に何度も踏み入れた。

 ただ・・・この壁は見たことも無かった・・・。






















 ありのままの姿をさらけ出し、赤く照らす満月・・・イウェカが昇る日は気味の悪いものだった。

 まだ暖かい春とは遠ざかるような、冷たい風が吹きつける。

 更に言えばここは地上とは少々離れている場で尚更であろう。



 黒いローブを身にまとった男・・・柳火は夜空を見上げ、そして直ぐ下へと俯いた。

 いや、俯くと言うよりも下へ見下ろしたと表現した方が正しいだろうか。







 「懐かしいな。」







 柳火はまるで誰かに言い聞かせるように小さく口を開く。

 彼がまたがっているのはこの世界でも、遠矢がかつて居た国でも見かけるような、槲の箒が横たわっている。

 それが空を飛ぶ魔法の生き物ではあるが、この世界ではあまり珍しくも無い光景である・・・。

 柳火はそのまま言葉を続けた。







 「昔よくイウェカを見ていたが、今はあまり見ない。」







 箒に話しかければ答えが返ってくるとは思っていない。

 ただ、箒はじっと宙に止まり、主人の言葉を聞いているだけだった。

 その言葉にどのような意味が込められているのか、その箒は何となくではあるが理解している。



 柳火は箒に向かい行き先を指示し、地上へと足を付けた。「サクッ」と渇いた音が鳴った。

 辺りを見回せば、1本に続く道と草原、更には目の奥には綺麗な貯水場のようになっている深く巨大な湖が広がる。

 この湖のことを人々はネア湖と呼んでいた。







 「次の依頼は赤熊を倒してくれと・・・、俺は生産向けの人だって言うのに。」







 箒は心から「嘘吐け」と思っていたが敢えて黙っておいた。

 事実ではあるが、柳火は戦闘を好まない平和主義で、しかし戦えば初心者と言える腕ではない。

 少しずつ、腕を磨いている、確実に。

 ただニノや知り合いから弓を薦められているらしいが、彼は何故こんな頑固に剣を握るのか。







 「フェリ、手伝ってくれ。」







 主人に似て、フェリと呼ばれた槲の箒もまた戦闘は苦手ではあったが・・・。

 柳火は両手に剣を握り、背を向ける。目標は既に今日の晩飯を見つけている赤熊へ。

 今日の報酬で、「何か美味しいものが食べられたら良いな」と思いながら、箒は魔法の文字を浮かべた・・・。





















 「遠矢、あともし何かあったら護身用にこれを持っていけ。」







 すっかり日が暮れカラスも誰かを馬鹿にし始めた頃、自警団員であるトレボーは言ってきた。

 傷薬、金貨、矢筒など数々ある荷物を整理していた遠矢は顔を上げる。

 トレボーが差し出しているのは、新品同様に傷一つない剣だ。



 「あと」と言うのも、トレボーから渡されたものは数々ある。

 まず遠矢はエリンに来た時から私服のままだった為、仮の旅人衣装を受け取り、更に帽子や革のグローブまで貰った。

 旅人衣装と言えども、普通の布で裁縫されたような一般的なものではあるが、旅行者が常に身につけているらしい。

 帽子は柳火がかぶっていたものとは少し分厚い感じだろうか・・・革製で作られた丈夫な帽子だった。



 更に村長からは、柳火が昔使っていたと言うポケットサイズの鞄を渡されている。

 ニノはその鞄を見た瞬間目を輝かせていたのは、どうやら彼(?)の家となっていたようだった。

 今はそのニノも懐かしの鞄に入り爆睡している。







 「ありがとう、トレボー。」







 礼を言いながら剣を受け取ろうとした瞬間、剣がカッと光り出し遠矢は思わず声を上げた。

 反射的に手を引っ込め、剣を落とすかと思えばそうでもなく。

 まるで初めから分かっていたかのように、トレボーはしっかりと剣の柄を握り笑っていた。







 「遠矢、そんな驚くな。剣の精霊だ。」

 「せ・・・精霊?」







 剣に帯びる光は徐々に弱くなっていき、代わりに剣から小さな妖精のような女の子が出てきた。

 大きな海のような青い瞳、麦色の髪を一つに縛っている。

 更に背中には小さな刃が縦にいくつか並べ付けられている羽のようなものがついていた。







 「ご主人様初めまして、アイリですっ!」







 アイリと呼ばれる精霊は、片腕にマニュアル本らしき分厚い本を抱えながら華麗に舞って挨拶をした。

 遠矢は戸惑いながらも、つられて挨拶する。「ご主人様」などと言われると恥ずかしい・・・。







 「初めての村に来る人はこの精霊と共に困難を乗り越えるんだ。

  柳火も勿論そうだったし、遠矢、お前もいつかは同じ道を歩いて行くだろう。」

 「同じ道を・・・か。」







 あの巨大な蜘蛛やその子分ら、更にはトレボーからの不意打ちを見抜いた姿を思い浮かべ、遠矢は苦笑した。

 あれほどの腕になるまで、どれくらいの困難を乗り越えたのかは分からない。

 だが、尊敬出来る人なのではと目に映ったかもしれない。その人と同じ道を歩むなら、よっぽどの覚悟が必要かと思った。







 「そう不安に思うのは分かるが、とにかく今はアイリと共にダンジョンに行ってくれ。」

 「分かった。」

 「ご主人様、暫く宜しくお願いしますねっ」







 トレボーから剣を受け取り、鞄と弓矢を背負い、ダンジョンへ向かう道を歩み始めた。





















 アルビダンジョン・・・この世界の中では一番魔族の気配が薄い空間である。

 エリンでは人を襲う動物は魔族に操られており、そして魔族自体が姿を現すこともある。



 魔族の気配が強ければ強力な、凶暴なモンスターが生息すると言われていた。

 特に、かつて戦争が巻き起こった近くのダンジョンでは・・・。







 「随分荒れ果てているなぁ。」







 荒野とも思われてもおかしくない、小さな草花が弱々しく生い茂っている場所に、青年らしき人影が映る。



 太陽も姿を消し、冷たい風が駆け抜ける。

 こんな暗闇にも関わらず人影がはっきりと見えるのは、きっと身につけている衣装のせいだろうか。

 黄色く地面に付かないギリギリの大きさがあるコートを着ており、魔道士が愛用する帽子をかぶっていた。

 青年は帽子でほぼ隠れてしまっている、栗色の短髪と、不思議に不気味さを感じさせない柔らかい金色の瞳を持つ。







 「そりゃかつて戦場だった場所だしの。・・・でも今は大分マシになってきた方よ。」







 青年の声に答えたのは、白く染められた細長いドレスを着た白い短髪の少女だった。

 瞳は、青年とは逆で力強さを感じさせる褐色の瞳を持っていた。

 ドレスだと言うのに動きやすさも求めるよう、左腿の外側に長く切れ筋を入れられている。

 少女は戦争で出来たと思われるクレーターのような窪みの中から上ってきたのか、少々土がついていた。

 青年は少女の姿を見て、苦笑いを浮かべた。







 「これまた派手にやったね・・・。」

 「仕返しせずにはいられなかったわ。」







 少女が無表情に言ったその目線の先、窪みの中には痙攣真っ最中である漆黒の巨大熊がいた。

 先ほどの戦闘はどうやら熊が少女を窪みに落とし、それを怒った少女が叩きのめしたのだろう・・・。

 二人は『組織』で、仕事を引き受けこの場所にやってきた。



 その仕事は各部で暴れている野生の熊がいるようで、出来る限りの数を倒してほしいとの事。

 かつて戦場であったこの場所、センマイ平原では特に多くの熊が出現している。

 倒した分だけの報酬が与えられるとのことで、暇潰しに引き受けたのだが・・・。







 「そう言えばりゅうくんはアブネアに行ったんだっけ?」

 「うむ、そのようだが昨日から帰ってきてない。」







 青年の問いに少女は答えたが、暫くの沈黙が漂った。







 「・・・異世界の者とギルドでの付き合いは、大変そうじゃの。」

 そして少女はまるで他人事のように呟いて、青年に背を向け歩き始めた。











 10/03/11 作成

 10/08/20 公開

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