MyPacE

自分のペースで進み行く、全スキルマスターと言うお馬鹿な山頂へ。

1.風に乗せて世界へ配信  

 晴れ渡る青空に、白い雲がのんびりと流れていく。
 視界を下に戻せば、たった一本の道以外は短く生い茂った草原の海が広がっている。穏やかな風が吹き、髪を弄び去る。ふわりと揺れた長い髪を後ろへ振り払い、一人の女性は大きく息を吸い、吐いた。両手を組み空へ高く伸ばし、ぐっと全身に力入れ思い切り背伸びする。
 ブルーグレーの長い髪は未だ風に遊ばれなびいており、それを尚くすぐったそうに女性は小さく笑う。人懐っこそうな印象を与える茶色の丸い瞳を、どこか懐かしむようにふと細めた。布で簡単に作られた赤いローブを身にまとい、首元はローブについているくすんだ青のマフラーを巻いている。腰には独特な模様が刻まれた紐を縛ってある、そのローブはマフラーローブと呼ばれている。
 2年ほど前から見慣れた服装であるが、未だ手放す気配が無いのは作って貰った衣装だからだろうか。

 何往復か見渡すと、背後から男性と思わせるトーンが低めの声が飛んで来た。姿を見たところ20代ぐらいか、男性の平均身長に見本になるような、スラリとした高さにやや細身。顔は黒い金属製の被り物によって見ることは出来ず、よって表情は読み取ることが出来ない。中世の軍人と思わせる、丈夫な革に何本ものベルトで腕や胴を縛り上げ、首の下辺りには深紅の布が巻かれて背中まで覆い隠している。背負っている弓と矢は、彼の護身スタイルが窺えた。
 表情は見えないが、淡々としている口調は、初めて聞けば素っ気ない印象を持たせる。

 「そろそろ行くぞ、夏樹」
 「んー……もう少しだけ」

 男性は溜め息混じりに言うが、全く動じない様子で女性は返す。このやり取りも既に3度目だが景色に飽きる様子もなく、夏樹と呼ばれた女性は目を輝かせて辺りの草原を見渡している。日は休憩に入った時より大分傾いてきており、この様子では帰宅すると日付が変わる勢いだろう。男性は夏樹の元へと近寄り、彼女の腕を催促するように引いた。

 「これで何度目だ、行くぞ」
 「えー。 久々のデートなのに、駄目?」
 「駄目だ、夜になると面倒なんだと何度言ったら」

 男性がそこまで言うと夏樹は肩を落とすが、渋々と出発の準備を始めた。手車には溢れんばかりの大理石を丈夫な長い紐で縛り付けており、重さも相当なものだろう。男性は夏樹が準備出来たところを確認し、隣で退屈そうにに座っていた象へと飛び乗った。象はサバンナ地方にて一流の調教師によって捕獲されたものであるようで、元は気性が荒い。しかし飼い慣らすと大人しく、非常に力持ちな存在となっている。詰められるだけ詰めた鉱石の山も、涼しい顔して軽々と運ぶ、非常に頼りのある乗り物であった。

 その時、荷物の山から1匹の小人のような影が現れた。先ほどまでゆっくり寝ていたのか、背伸びしながら欠伸している。人間と同じ肌の色を持ち、高い鼻に猫のような三角形の耳、赤と黒の制服のようなものを着ているその生き物は、数年前に現れれば間違いなく襲われていただろう。

 「早く出発して、日が暮れちゃう」

 可愛らしい外見とは裏腹に魔法を巧みに操ることが可能な魔族、人々は彼をインプと呼んだ。そう、数年前はこのインプやその魔族と呼ばれる者と、激しい戦火を上げていたものであった。しかしいつの日か手懐けることが困難と言われていた生物や魔族まで、実に様々な種族と共に過ごすことになっている。

 そして今はまさに、魔族によって出された提案にまんまと人間はその話に乗っかった。
 『各町の名産物を旅人の手により運ばせ、私は旅人へ報酬をお支払いしましょう』と。

 「警戒してくれ」
 「強い略奪団に狙われたくなければ、安い物買ってと何度も言って」

 呆れた様子で呟くインプに男性は睨み、……っと言うものの被り物で見えないが、威圧的なオーラを感じさせた。びくりと身を震わせ、インプはいつも通りに揺れる荷物の上に座り込み、きょろきょろと辺りを見回し始める。穏やかな風に吹かれる大地で、巨大な城下町へと目指す。
 その姿はどこか懐かしさを感じさせる、そんな2人であった。





 高く上がっていた太陽も建物の影に、地平線の向こうへと沈み、黒いカーテンが降りてくる。活気溢れていた街も、窓とカーテンで閉じられた隙間から黄色かかった光が漏れ、静まり返っていた。今日の分の仕事や狩りを終えた旅人達は、各自の帰る場所へと足を速める。

 そんな中、夏樹は首都にもなっている都市、タラ城下町の宿屋で身を休めていた。
 流石都会と言うこともあってか、部屋の隅々までもが一級品で溢れている。傷一つも無い透明なグラスに、錆の言葉も知らないような食器。慣れていなければ妙に落ち着きがなくなる、綺麗過ぎる部屋だった。しかし、夏樹はそんなことにも遠慮無しにふかふかな白いベッドへ飛び込む。
 先ほど着ていた赤いローブは濡れた姿となってベランダに干され、代わりに黒の生地に紫色の模様を走らせた衣装を着ている。一見魔女を連想させるその衣装は、これまたプレゼントされたものであった。大切に扱われているようで、汚れの無い綺麗な服は、今の部屋に上手く溶け込ませている。

 疲れた体に柔らかな布団が包み込み、今すぐにでも眠りに着きそうな時だ。
 時計の針を見つめると夏樹はハッと顔を上げ、ベッドの横へ置いた鞄の中身を急いで漁り出す。ショルダーバッグから四角く銀色のラジオを取り出し、カチリとスイッチを入れた。流れる男性の声と、僅かに混ざり合うノルズが耳に入り、夏樹はふと頬を緩める。丁度番組が始まった辺りなのか、若干テンションの高い声が響いた。

 「忘れる所だった……」

 今にも夢の世界へ旅立ちそうな、重い瞼を懸命に持ち上げながら耳を傾ける。何かジョークを言っていたようで、それに反応した同じく司会担当の女性が高い声で笑い、周辺に居るらしいスタッフの遠慮ない明るい声がどっと湧き上がった。
 だが、そんなラジオでのやり取りはもはや聴こえてこない。夏樹はふかふかなベッドの上でふっと意識が途絶え、暖かな空間へと引き込まれていた。

 その時、部屋に1人の男性が静かに入室する。顔を全て覆う黒い金属を被った、あの軍服の男性だ。
 右腕には茶色の紙袋を抱えており、身動きする度にガサガサと豪快な音が響く。中にはリンゴやミカンなどと果物を中心に、袋いっぱいにして詰め込んである。後の旅先で頂くつもりなのだろう。
 傷1つついていないテーブルにその紙袋を置き、やっとのことで空いた両手で被っていた金属を持ち上げた。

 ミディアム程の男性にしては長く、赤い髪がサラリとこぼれ落ちる。
 癖の無い真っ直ぐな髪で、右から左へ流れる前髪は、油断すれば左目を覆い邪魔をしていた。深い海を連想させる碧眼は、今日の疲労からか何処か気怠そうにしている。だが疲労がどうであれ、隙を感じさせないオーラを漂わせるのは、何年もの長い経験を積んできたのが分かった。

 「……寝てるのか」

 気配や物音1つ聞こえない、そんな空間に怪訝そうな顔で奥の部屋へと覗き込んでいく。純白なベッドの上には、布団も掛けず俯せになっている女性が1人。幸せそうな笑みを浮かべながら静かに寝息を立てていた。
 日々家事をしては釣りして1日を終える彼女には、久々の長い旅で疲れたのだろう。男性は起こそうと伸ばしかけた手を引っ込め、代わりに別室から毛布を持ってくる。寝やすいように一瞬もぞもぞするが、意識は帰って来ること無く再び気持ち良さそうな寝息を立てた。
 そこで初めて気が付く、夏樹が伸ばしたまま掴んでいるラジオが付けっぱなしになっていることを。

 『私の幸せコーナー、次は本日最後のお便りとなります。 ラジオネーム腹黒子猫さんから』

 落ち着いた女性の声がラジオから流れてくる。今やっているラジオ番組は、この世界を駆け回る旅人に向けて構成されたもので、赤髪の男性も噂だけは何度か耳にしたことがある。敵の一種である魔族との戦いや、交易途中に襲う略奪団との戦いに疲れた旅人達に、密かなブームが来ているようだった。
 電波は比較的に好調のようで、ノルズはあまり入らずハッキリと声が聞こえる。

 『旅人さん、こんばんは。 私の幸せを聞いて下さい』
 『私は先日、今の夫と結婚してから3年目を迎えました』

 DJが読み上げる便りに、ぴくりと男性は反応を示した。ラジオの向こうでは感心の声が聞こえる。3年目を迎えると言うことは、と正確な月日を数える女性と同じく、ラジオを聴いていた男性も月日を数えた。先日で確かに3年目を迎えている。偶然だろうと思いながらも、ラジオから離れることは出来ない。
 2周年を迎えたことを確認したDJは、改めて便りを読み進めていく。

 『普段、夫は慌しく各街へ飛び立っているからか、なかなか構ってくれません。 帰って来てもその時間は夜遅く、私は就寝している日々でした』

 便りに綴られていた文章を読み上げる女性の声。声から作り上げられる光景はあまりに似過ぎていて、ぐっと込み上がる感情を抑えた。その衝動か、無愛想とも言われている無表情が僅かに歪む。

 『でもそれでも何とか応援出来ないかと。 私は夫が既に出た後にお弁当を作り、フクロウで届けました。 料理はまだまだ未熟ではあったものの、その日帰ってきた彼は、なかなか眠りにつけなかった私の頬にキスを―――』
 「……っ!」

 そこで確信し、同時に男性はハッとして寝息を立てている夏樹へと視線を移した。

 腹黒子猫……、彼女だ。
 2年前と数日前に彼女と結婚し、出稼ぎに各街に飛び回り、ある日手作りの弁当を送られ、まるで子供のようにはしゃいで喜び、帰宅後にすっかり寝ていると思われていた彼女へキスした旦那は―――。
 動揺を隠せないでいる赤髪の男性は、暫くその場で硬直したまま動けずにいた。

 『少ない時間に、他愛無い話でも付き合ってくれてありがとう。 そして、これからもずっと宜しくね』

 感情を込めて伝えるDJの声は、自然に聞き慣れた夏樹の声に自動変換される。左胸で鳴る鼓動はいつもより速くなり、男性の脳裏と耳がじわりと熱くなった。あまりに突然すぎるサプライズ、それも本人は深い眠りについたまま、込み上がる感情は徐々に体を突き動かす。

 ベッドに倒れ込んでいる夏樹の髪がサラリとこぼれ、頬にかかる。
 まるでこれからの行為を抵抗してみるかのように。

 「此方こそ、これからもずっと宜しく」

 邪魔する綺麗な髪を指で持ち上げ、妻の頬にそっとと口づけした。艶やかな髪はまたサラリとこぼれ、くすぐったそうに夏樹は微笑む。
 頭を2度撫でた後、「おやすみ」と小声で呟くと、隣のまた同じベッドへ潜り込み目を閉じた。





 翌日、なかなか眠りにつけず壮大に寝坊したのは言うまでもない。





 公開:13/04/14

category: マビノギ

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2013/04/16 20:43 | edit

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